February 13, 2006
アートマネージメント 作曲家・音楽家ができること
先週の11日土曜日、前回は休んでしまった、「あーとま塾」に行きました。毎回、色々な刺激を受けている貴重な場なのです。
そして、最近、特に思い感じるのですが、「作曲家・音楽家・芸術家」は何をしなけるばならないか。何をすべきか。偉そうにいえばこんな感じです。今回は、クラシック音楽だけを考えて簡単に書くことにしたいと思います。こういうジャンル分けがそもそも正しいのかは、分かりませんが。
クラシック音楽、お高いイメージがある。
正装して聴きに行き、会場の中でもマナーがある。勉強して、音楽を聴くという知識欲の場でもあるような気がする。そのイメージは、否定できない。でも、ジャズやポップスのコンサートも多かれ少なかれそういう、それを知っていないと疎外感や、好奇の目で見られるようなことがあると思う。
そもそも、最近の音楽事情は、他人の耳で聴いた、他人の評判のいい音楽(マスメディアに祭り上げられたアーチスト・音楽)を、自分だけの世界、自分だけのツールで聴くという状況で、さらに、人は音楽にかけるお金をだんだん減らしているという。そもそも生の音楽に触れたことがあるという人、自体が少ないのではないだろうか。
もちろんこれは、クラシックの世界にも言えることであって、自宅でCDを、いいオーディオ設備(必ずとはかぎらないが)で聴いて、自己の感じた批評を書き、それはクラシック音楽を専門に勉強している自分たちをも超える、アーチスト情報の量、そして、聴いている量です。そして、きっちり勉強した上で「音楽」を聴きに行く。それを、批評家・専門家はどんどんと知識欲を書き立てられるようなことを書く。その結果、勉強で音楽を聴いてしまい、その場の生成される音楽や、響きのドームといった(もちろんこれだけでは書き尽くせない)音楽の真の姿をとらえることが出来ないし、感じることが出来ない。同じ曲が、違う指揮者ではどのように違うのかを理解しながら(知識で長い文章で比較できようとも)同じ指揮者、オーケストラが会場や天候、その他の色々な条件で、演奏が変わることがなかなか理解できない。
そして、一番の問題。演奏会の入場料があまりにも高すぎるのだ。CDがやすいものでは1000円位なのに対し、演奏会は安い席でも3〜4000円。いい席にとでもなると10000円をゆうに超える。
音楽家もそうだ。音楽家も聴くという大切なものをも忘れ、日々のルーティンワークに流され、色眼鏡で音楽を見る。楽譜というものの真意に少しでも向かおうという、演奏家はこの世界にはなかなかいない。オーケストラでは、周りの音は聴いている?いない?という状況になっている。室内楽的に音を聴かなければ、真の交響曲など演奏できない等ということは理解していない。ただ、ルーティンワーク。
弁護するならば、音楽をやり続けていくためには莫大なお金が掛かる。そして、時間も。中には青春の大半をこれに費やした人も大井。皆、自分たちにはプライドも、自分の音楽もある。個々の戦いの世界。コミュニティーといっても、真のそういう世界はないかもしれない。真の音楽友。だからなのかもしれない、楽団員同志などの仲間意識だけが妙に強いのは。
そんな中のテーマはやはり「初めて音楽に触れた時の感動」ではないだろうか?それを感じるような、感じれるような音楽を、観客と一緒に皆で体験すること。在り来たりだけど、これしかないと思う。でも、これをどう実現するか、そのような何かはなかなか浮ばない。
ワークショップなどの、コミュニティーワーク。どうしても、音楽家は上からものを教えるという形にならざるを追えない。そういう風にしか勉強してきていないからだ。楽器の説明も、簡単にとはいうけど、なんとなくアカデミックになってしまう。ましては、高い楽器を触れさせるわけにもいかない。
作曲家、曲を作るといっても楽譜がかけないといけない。基礎能力がいる。そのなかで、自分達の技術という財産をどう共有していくか。どう作り上げていくか。それは、1部のクラシック音楽愛好者や、クラシック音楽を演奏しているメンバーだけじゃなく
、幅広く誰にでもできるような体験プログラム。一緒に音楽を0から作り上げていくようなプログラムもいいかもしれない。地域に根付くようなプログラム。
あとは、名曲プログラム。愛好家から初心者まで楽しめる、誰にでも聴ける。今年はモーツァルトイヤーなので、有名曲をかいつまんでいって、モーツァルトの作曲を巡り、自分も作曲体験なんというものも出来たら面白いのかもしれない。それは、地域の属性などは関係なく、どこでも出来る公演。レコード会社等と協力して、CDと関連などにしてやると、楽しくクラシック音楽を広められるかもしれない。
実現するためには課題が多々あるけれども、とにかく動いてみるのもいいと思う。けど、本業(作曲)があるとなかなか一人だと難しいかもしれない。とはいえ、今年中にはそういう活動を何か動かせたらな、と強く感じます。でも、アイディアがいささか凡庸な気がしますが(苦笑)。協力してくれる人、いないかな?笑。
あとは、今度の山月記の事後のコミュニティーワークをやってみたいとちょっと考えています。
われわれ作曲家・音楽家・芸術家は、いかに自分の専門技術を財産にして、他人と共有、コミュニケーションでき、自己慰安はもちろんのこと、他人に慰安を与えられるか、芸術が文化人の嗜みではなく、人間の楽しみになれるか。それは、決してそれ自体をエンターテイメント的に持っていくのではなく、芸術としてできるか。それが、重要な課題なような気がします。
アートマネージメント、奥が深い。。。
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コメントどうも有難うございます。
やりたいと思うのですが、練る時間と、やはり色々雑務があって、なかなかできないのです。
といって、それに逃げているのかも知れませんね(苦笑)。でも、本当に、是非にやりたいと思っております。その際は、このブログも些細ながら活用しようと思っています!