July 30, 2005

音楽の本質へ

先週ぐらいの朝日新聞に、指揮者の佐渡裕さんのインタビュー記事が寄せられていた。こんなことが書いてある。

訪問先の小学校で「世界的指揮者・佐渡」をやっきになって紹介する校長先生に「知らーん」とかました子どもたちのことを、さも愉快そうに話す。
「演奏者が有名であろうがなかろうが、子どもたちには関係ないですからね。プロの音楽家なんだったら、音楽そのものを面白いなと思わせなかったら、弾く権利がないと言っていいくらいだと思うわ」


こんなことが書いてある。
僕はこういいかえたいと思う。

「演奏者が有名であろうとなかろうと、プロであろうとなかろうと、聴いている人たちには関係ない。ましては、プロの音楽家、プロを目指す音楽家なら、音楽の本質をとらえ、音楽の生成を感じさせ、音楽が生きているように演奏(作曲しなかったら)しなかったら(聴衆に音楽で興味を持たせなかったら)弾く権利、(作曲する)権利がないと言っていいくらいだ」

と僕は言いたい。作曲論はまだまだ言い尽くせないが、、、
あまりにも、地位とか、経歴とか、名誉とかに流され過ぎて音楽を聴いてはいないだろうか?
あまりにも、他人の耳で聴いた、既得権益の音楽を聴いてはいないだろうか?
あまりにも、自分の耳で聴いた音楽を聴いてないのではなかろうか?


そして、
すべての音楽家に、
あまりにも、音楽の本質をとらえず目先だけで音楽をしていないだろうか?
あまりにも、音楽の生成感を味わずに音楽をしていないだろうか?
あまりにも、自分の耳で自分の音楽を聴いてないのではなかろうか?


もちろん、
そういう事を感じて音楽をしっかりやっている人もたくさんいると思うし、そういう事を感じて音楽を聴いている人もたくさんいると思う。
そんな人たちを信じたいし、応援したいし、自分は常にそうでありたい。


Posted by HS at 03:10 AM | カテゴリ : 音楽(エッセイ)
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